ハン・ジウォンとの対話
- 聞き手
- 金子勲矩
関口和希
ひらのりょう
- 構成
- ホワイト健
第一期公募枠作家3名(ひらのりょう、関口和希、金子勲矩)がツアーの一環で訪れたザグレブ国際アニメーション映画祭にて、韓国アニメーションとしては初のネットフリックス独占作品として『あの星に君がいる』が公開されたばかりのハン・ジウォン監督にインタビューを行いました。

質問:短編アニメーション『魔法が戻る日の海』(2022)では主に登場人物間の衝突や内面の葛藤が描かれていたのに対して、今回の長編アニメーション『あの星に君がいる』(2025)では一転して優しい恋人とのロマンチックな恋愛模様が描かれていました。この二作品の間でどのような変化を経験されたのか教えてください。
ハン・ジウォン(以下、ジウォン):私は自分の経験をもとに物語を考えることが多いのですが、『魔法が戻る日の海』の脚本を書いていたとき、ちょうどうまくいかずに破綻した長期の関係から抜け出したばかりだったんです。「これを機に人生を変えよう」と決意して制作に取り組んでいたので、その影響は少なからず物語に表れていると思います。
その後『あの星に君がいる』を作り始めたとき、二年前とは別の新たな恋をしていました。その結果、「もしかしたら恋ってそんなに悪いものでもないのかも」と思えるようになりました。人と会ったばかりのときなどは、確かに恋愛関係には慎重になるべきかもしれません。ですが、自分を信じ、確固たる意志をもって夢を追い求めることができているようなときには、恋愛とはそれほど恐れるべきものでもないと思います。『魔法が戻る日の海』を作った後、次第にそう考えるようになりました。
ですので、質問にあったような変化の背景には、そうした私の視点の変化があるのではないかと思います。どちらの作品も「混沌とした事態に対処する」という点では似ていますが、映画の結末は私の経験によってそれぞれ異なるものになっています。つまり、愛ですね。今は愛を信じています(笑)。
質問:『あの星に君がいる』は何名のチームで制作されましたか? また、制作にはどれくらいの期間を費やしましたか?
ジウォン:制作には私の下で働くチームと外部委託の会社が関わっていました。私のチームは最大でも3、40人程度で、委託先の会社で作業にあたった人数については正確な数が分からないのですが、およそ150から200人程度くらいだったのではないかと推測しています。
制作期間は、主な作業期間という意味では一年半ほどです。なお、ビデオコンテに取り掛かり始め、ネットフリックスの投資を受けた時期から数えると二年と三ヶ月になりますね。脚本を書き始めた時期まで含めれば合計で五年くらいになるでしょうか。
質問:二年間に渡って日々数多くのスタッフとコミュニケーションをとるのは大変でしたか?
ジウォン:はい。まるで戦争のようで、PTSDになってしまいました(笑)。『魔法が戻る日の海』を制作していた頃はほとんどのシーンを自分で描けたので、何をどう表現するかという点についてかなりの自由がありました。私はなるべく自分で全てをコントロールしたいタイプなので、そのおかげでかなり気が楽でした。
ですが、『あの星に君がいる』ではたくさんの人とイメージを共有する必要があったため、私の仕事も主に会議への参加やスタッフへのフィードバックが大半になりました。もちろんフィードバックは口頭だけでは済ませられませんから、実際に絵を描く場面もいくらかはあったのですが。それでも、仕事の大部分はスタッフらとのコミュニケーションが占めていました。当初はこういうふうな働き方をするとは想像していませんでしたね。
質問:大きな転換だったかと思いますが、どうやってそのポジションに適応したのでしょうか?
ジウォン:もともと自分で描いて作業することに慣れていたので、当初は他人に指示を出して描いてもらうことに違和感を覚えていました。シャイな性格だったこともあり……。とはいえ、長編アニメーションの監督となることが夢だったので、どこかで性格を変える必要があると感じていました。そのために、例えば学生向けに特別講義をしたり、普段よりも他人と過ごす時間を増やしたりして、いずれ巡り巡って自分を助けてもらうためにもなるべく他人の力になることをするようになりました。
そのこともあって、今のチームには当時の講義を受けてくれた学生が数多く所属しています。『あの星に君がいる』という長編映画に取り組むにあたっては、やはりたくさんの人と交流して性格を変えようとしたのが役に立ったと思いますね。もちろん性格を変えるのは簡単ではありませんから、始めたばかりの頃はうまくいくか未知数でした。とはいえ、今のところはさほど悪くない方向に進めているのではないかと思います。まだ取り組まなければならない課題も多いですが。
質問:映画制作を始めようと思ったのはいつですか? また、そのためにどのような勉強をしましたか?
ジウォン:私は日本のアニメが大好きで、なかでも特に宮﨑駿に強く影響されました。10歳かそれより幼いくらいの頃に『もののけ姫』(1997)を観て、このようなアニメーション作品が存在することに強い衝撃を受けました。それまで観てきた普通の商業アニメーションとは一線を画していましたから。一人の人間がこれほどまでに作家性を表現できるのかと驚きました。当時それを観て、もしかしたら私はこんな人になりたいのかも、と思ったのを記憶しています。
祖母がマンガ専門書店を営んでいたおかげで幼い頃からマンガに触れる機会が多く、絵を描くことには慣れていました。ですが宮﨑駿の映画を観てからは、アニメーションについてより真剣に考えるようになりました。
やがて芸術を専攻したのち、大学で本格的にアニメーションを学ぶようになりました。たくさんのアニメーションを観ながら勉強し、大学二回生のときに初めての短編アニメーションを完成させました。それをIndie-AniFestに応募したところ、コンペティションに入選したので、もしかしたらこれが正しい道なのかもしれないと思いました。それ以来、現在に至るまでずっとインディペンデントのアニメーション監督として仕事をしつづけています。
質問:他に影響を受けた作家はいますか?
ジウォン:もちろん宮﨑駿がナンバーワンですが(笑)、『あの星に君がいる』を観た人の多くが指摘するように、新海誠からの影響も否定できません。他にもたくさんの映画から影響を受けているとは思いますが、特に大学一回生のときにインディー系のアニメーション映画祭で観た作品郡には強い衝撃を受けました。それまでは宮﨑駿の作品しか知らなかったこともあり、こんな作品もありなのか、と。宮﨑駿のスタイルにそうした実験的な要素を付け足していった結果として、今の私の作品がありますね。
質問:ジウォンさんの作品はどれも異なるスタイルで描かれているように感じますが、そうしたアニメーションのスタイルはどのように使い分けていますか?
ジウォン:予算次第で変えています(笑)。ですが、それ以上に重要な方針として、短編はなるべくシンプルに描くことを心がけています。短編の場合は単純な絵柄の方が似合うように感じます。そのなかで挑戦的な要素を含められそうなポイントには特徴的な表現を盛り込むようにしています。とりわけ、ハイライトを入れるかどうかといった目の表現は構想段階の最初に決めていますね。
質問:『あの星に君がいる』はSF的な世界観で物語が展開しますが、本作の制作にあたって参考にしたものはありますか?
ジウォン:実はそれほどたくさんリサーチをした訳ではないのですが、スパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』(2013)はとても参考になりました。『her』も同じく近未来を描くSF映画ですが、この世界において未来は希望あるものとして描かれています。また、そうした未来的な設定にも拘らず、さまざまな要素がアナログ感のあるグラフィックデザインで表現されているというアイロニーも興味深い。これにインスパイアされ、『あの星に君がいる』の世界では、技術の発展とともにユーザーに快適さを感じさせるため、かえってアナログで柔らかなデザインが流行っているという発想を持ち込みました。
また、ソウルのような都市では古い建築物と現代の高層ビルとがひとつの都市空間の中で調和するように建っています。私は韓国のそうした都市設計が気に入っているので、『あの星に君がいる』のアートディレクションをする際には同じように最新鋭の建築と従来的な暮らしが両立した街を舞台として設計しました。この「未来と過去の共存」というテーマは登場人物の設定にも取り入れています。新しいもの好きのダニエルは住宅もSF的なデザインになっていて、反対にジェイの家はとてもアナログです。
本作のテーマやアートディレクションの方針として、私たちにとっての現在が作中では懐かしい過去として描かれるとどう見えるのか、という考えがありました。例えば、今から25年前に作られたギターやドラムを見ても、その見た目はほとんど変わっていませんよね。この先何が変わるのかではなく、何が残るのか。そうした想像力が本作の根底にあります。
質問:実際に、現実でもアナログな技術の産物であるレコードが再流行したりしていますよね。
ジウォン:アナログなレコードこそ心に触れる音楽を奏でられたりしますよね。肌で直に音の波を感じられるかのような、そうした人間味のある感覚を『あの星に君がいる』では世界観全体に適用しました。
それから、ある科学ドキュメンタリーで聞いて以来、とても気に入ってる言葉があります。「我々はみな波である。したがって世界はひとつの壮大な音楽だ」というものです。本作で音楽がキーとなっているのはこの言葉がきっかけになっています。
質問:次回作は長編と短編のどちらになるのでしょうか?
ジウォン:実は長編の脚本を書きながら、短編のシナリオも考えているところなんです。やはり短編でしか表現できないこともありますから。なお、どちらが先に公開されるかはまだ決まっていません。短編の方になるとは思いますが……。
質問:ジウォンさんにとって長編と短編は全く異なるものなのでしょうか?
ジウォン:いえ、それほど違いがあるとは感じていません。長編では予算の兼ね合いなどもありますから、短編の方が少し自由に制作できるくらいですね。短編映画を長編映画に挑むための踏み台のように考える人もいますが、そんなことはないと思いますよ。さまざまなものは別の見方や使い方ができるのだと学ぶことができました。