第一期公募枠アーティスト・金子勲矩インタビュー

2025年6月2日
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取材
田中大裕
構成
野村崇明
『ウサギとカニ(仮)』

まず経歴についてお伺いします。金子さんは早稲田大学創造理工学部総合機械工学科のご出身でいらっしゃいます。美術系ではなく機械工学系ご出身なんですね。

金子勲矩(以下金子) 大学進学時点ではアニメーションの道に進もうとは考えておらず、漠然と何か物作りをしたいと考えていました。昔から好奇心が強かったので、アニメーション以外にもロボットや機械や生物、英語など様々なものに興味があったんです。その中でも物理の勉強が特に好きだったので、機械工学系に進むことを決めました。せっかく機械を作るなら人間型ロボットのような面白いものを作りたいと思い、その分野で有名な早稲田大学を進学先に選びました。

大学では材料力学、熱力学、流体力学、機械力学の四大力学をはじめ、製図や金属加工、電子回路の設計やC言語プログラミングなどを学びました。卒論はロボットの研究で書きましたね。

機械工学を学ぶ中で、なぜアニメーションを作ろうと思ったのでしょうか。

金子 本格的にアニメーションを作るようになったのは大学院に入ってからですが、実は小さい頃からアニメーションには興味を持っていて、自分で作っていたんです。中学三年生の時にはCLAYTOWNという子供向けの教材ソフトで、遊び感覚でストップモーションアニメを作っていました。その後Blenderの教材を本屋で見つけて、『トイ・ストーリー』のような3DCGを一人でも作れるということに感動し、Blenderで作った作品を高校の文化祭で展示したりしていました。

アニメーションの道に進もうと本格的に思ったのは、独力で作ることに憧れるようになったからです。機械を作るときは設計などの様々なステップを踏んで、集団で制作を行いますが、そうではなく一人で何かを作りたいと思ったんです。またCGではなく手描きのアニメーションを作ろうと思ったのは、自分が描きたいと思ったものを少ないステップで描くことができるからです。CGだと何かを足したいと思ったら、モデリングなど複雑な作業が必要になりますからね。

大学卒業後は多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻グラフィックデザイン領域に進学されています。進学先を選んだ理由を教えてください。

金子 アニメーションをやろうと決めて進学先を探しているときに、多摩美術大学グラフィックデザイン学科で制作されたアニメーションをまとめた「タマグラアニメーション・シアター」というサイトを見つけました。作品がどれものびのびとしていて、ここなら自由に作品を作れるのではないかと思い、多摩美術大学を進学先に決めました。またこれは機械制作にも通じることですが、自分の手で物を作るのが好きなので、手で絵を描く人たちが集まるデザイン専攻に魅力を感じました。

大学院は決まったカリキュラムをこなすのではなく、自分でアイディアを出してプロジェクトを進めて完成させるという方針だったので、理論よりも実践的な制作のノウハウを多く学びました。

大学院にはどういった教員や同期の学生がいましたか。

金子 指導教員である野村辰寿先生には大変お世話になりました。大学院に入ったばかりのころは異分野から来たこともあり不安だらけだったのですが、野村先生は親身になってお話を聞いてくださったので、自分の居場所を得たような気持ちになりました。指導においても、面白いところは素直に面白いと言ってくださいますし、上手くいかないところについては改善のためのノウハウを丁寧に教えてくださったので、安心して制作を進められました。

同期の学生は自分以外全員留学生だったのですが、なかでも切り絵アニメーション作家の周小琳さんには刺激を受けました。彼女は『十二月』(2019)の制作にあたって、クマの毛一本にすら尋常ではないこだわりを持っていたり、透明な水の質感を作り上げるために相当な試行錯誤をしていたりと、制作の姿勢に見習うべき点が数多くありました。またアニメーションとパフォーマンスを組み合わせた作品を制作するFay Headyさんからは、アニメーションの自由さを教わりました。

ご自身の作品の中で、作家としての転機となった作品を教えてください。

金子 大学院の一年次制作である『LOCOMOTOR』(2019)ですね。手書きで絵を描くことも、フルアニメーションも、この作品で初めてトライしました。

では、ご自身の中で最も手応えを感じている作品は?

金子 修了制作の『The Balloon Catcher』(2020)です。『LOCOMOTOR』では登場人物は一人でしたが、『The Balloon Catcher』では顔が斧になっている人間と風船になっている人間という異質なもの同士の相互作用から物語を立ち上げています。斧人間が顔を使って壁を登るなど、意外性のある展開もうまく作れたと思っています。

次に作品制作のプロセスを教えてください。

金子 作品を作り始めるときは、最初に印象的な一場面やキャラクターのビジュアルが浮かんでくることが多いです。『The Balloon Catcher』なら、最初に顔が斧になっている人間というビジュアルがありました。そこから顔が斧なら顔を使って壁を登れるんじゃないかとか、あえて風船のような壊れやすいものと組み合わせたら何が起こるのかなど、様々なシチュエーションをシミュレートすることで、キーとなるシーンを作り出していきました。

シーン自体は特につながりを考えずにどんどん描き進めていく感じなので、点と点の間を埋めるようにして作品を作っています。具体的な脚本は書かず、思いついたシーンから絵コンテを描いていって、そこからVコンテを作ります。このVコンテの段階で、シーン同士がうまくつながるよう調整をしています。

作品を作るうえで、大切にしているところやこだわっているところを教えてください。

金子 さまざまな出来事をシミュレーションしてみたくなるような、想像力を惹起するアイディアと設定を大切にしています。『LOCOMOTOR』では頭が汽車になっている人間、『Magnified City』(2022)では頭が虫眼鏡になっている人間が主人公になっていますが、人間の顔を物に変えると、キャラクターについて考える仕方が全く変わってくると思うんです。人間の顔なら表情や感情について考えてしまうところを、頭が汽車や虫眼鏡になると、全く違う発想でキャラクターの動きをシミュレートできるようになります。

技術面でいえば視覚的な気持ち良さにもこだわっています。例えば『LOCOMOTOR』なら、手書きの質感と荒々しい勢いのある作画にこだわって作っています。

制作に用いている画材やツールについても教えてください。

金子 まず背景とキャラクターを別々の紙に作画して、それをコンピューター上で合成しています。スキャンしたものはPhotoshopで切り取り、After Effectsで合成や色の調整などをしています。入射光などのエフェクトもAfter Effectsで入れています。

作画の際に使う画材は作品ごとに変えています。『LOCOMOTOR』は墨と筆一本だけで描いていて、『The Balloon Catcher』は耐水性のマンガ用インクと穂先の長いスクリプトという筆で輪郭線を描き、着色はアクリルガッシュを使っています。『Magnified City』は輪郭線に『The Balloon Catcher』と同様にインクを使っていますが、筆ではなくペンで作画しています。着色にはターレンスのインクを使っています。制作中の新作『ウサギとカニ(仮)』では、水彩色鉛筆で主線を描いた後に不透明水彩を塗っています。

画材は、すでに思い浮かんでいる絵から逆算して選ぶこともありますが、基本的にはスケッチを重ねて試行錯誤しながら選定しています。『LOCOMOTOR』は勢いのある荒いタッチを描こうという意図から逆算して、墨と筆を選びました。『The Balloon Catcher』は主人公が刃物で人間関係もピリピリとしているので、それにふさわしい鋭い線を描くために試行錯誤を重ねました。『ウサギとカニ(仮)』は柔らかい雰囲気を出すために色鉛筆と不透明水彩にしています。

影響を受けた作家や作品について教えてください。

金子 高校生の時に見た「ドクター・フー」シリーズに影響を受けています。エイリアンが居たらどうなるかなど、毎回突拍子もない設定で様々な出来事をシミュレーションしていくスタイルに心惹かれていました。同じSFというジャンルでいうと、H・G・ウェルズの『タイム・マシン』や『透明人間』といった小説も好きです。透明人間が物を食べると消化が終わるまで隠れてないといけないとか、食べ物が浮いちゃうだとか、暴走した透明人間をどうやって止めるのかとか、そういう設定とシミュレーションの面白さを魅力的に感じました。

アニメーションなら小さいときに観た「ウォレスとグルミット」シリーズですね。それと『トイ・ストーリー』(1995)。日本国内だと、久野遥子さんの『Airy Me』(2013)は大学院に進学する前から知っていて、深く印象に残っていました。あとは加藤久仁生さんの『つみきのいえ』(2008)の鉛筆のタッチからも影響を受けています。

最後に現在企画開発中の新作『ウサギとカニ(仮)』についても教えてください。

金子 今は島を舞台とした、カニを食べるウサギについての話を作っています。換毛期を迎えたウサギから抜けた毛が、ウサギとウサギに食べられるカニとを意外な仕方でつないでいく、というストーリーを構想しています。

頭が物になっているこれまでの作品の主人公たちとはビジュアル上の相違はありますが、制作の仕方としては同じです。本来草食なはずのウサギが肉食になっていたり、カニとウサギという組み合わせであったりと、意外なシチュエーションから起こりうる出来事をシミュレーションすることで作品を作っています。

なぜカニとウサギなのかと聞かれると、単にカニを食べるウサギという印象的な場面が浮かんできたからだとしか答えられないのですが、もしかしたら形態上の類似が両者を結び付けているのかもしれません。月の模様が、ウサギにもカニにも見えるといいますしね。


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