第一期公募枠アーティスト・ひらのりょうインタビュー

2025年6月2日
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取材
田中大裕
構成
野村崇明
『NIGHT IN THE EYEWAL(仮)』

まず経歴についてお聞きかせください。ひらのさんは多摩美術大学情報デザイン学科のご出身でいらっしゃいます。なぜ、多くのアニメーション作家を輩出しているグラフィックデザイン学科ではなく、情報デザイン学科を選ばれたのでしょうか。

ひらのりょう(以下ひらの) 大学は文化人類学系か美術系に進みたいと考えていました。多摩美術大学に決めたのは、ニュージーランドの高校に通っていた頃に日本人の先輩から「多摩美術大学なら就職に有利だ」と教えていただいたからです。グラフィックデザイン学科は広告を作りたい人が行く場所だという先入観と、倍率がものすごく高くて合格はまず無理だと思ったので、大学のパンフレットを読んで、なんでも好きなことをやれそうな情報デザイン学科を選びました(笑)。情報デザイン学科ではアニメーションを専門的に扱うコース以外を選んだので、アニメーションの技術については完全に独学です。

大学時代の同期や先生にはどういった方がいましたか。

ひらの 同期にはマンガ家の谷口菜津子さんや花原史樹さん、映画監督の松本壮史さんがいました。先生は現代美術家・ホーメイ歌手の山川冬樹先生や映像作家の佐々木成明先生に特にお世話になりました。

花原さんや松本さんとはシェアハウスもしていましたし、シェアハウスの向かいに住んでいた思い出野郎Aチームのドラマーである岡島良樹先輩にも大変良くしていただきました。また、山川先生のパフォーマンスをいくつかお手伝いをさせていただく機会もありました。現代美術家・演出家の飴屋法水さんとのパフォーマンス等、刺激的な現場を間近で体験させていただきました。先生方や友人との密な付き合いを通して、映画やマンガ、音楽、演劇といった様々なカルチャーを知ることができたのは本当に得難い経験でした。

大学卒業後から現在に至るまでは、どういった活動をされていたのでしょうか。

ひらの 少しだけ就職活動もしたのですが、Omodaka〈Hietsuki Bushi〉MV(2011)を制作したのを機に、実家に戻ってフリーランスとして活動するようになりました。当時は大学時代に知り合った方や、〈Hietsuki Bushi〉を観た方々からお仕事をいただくことが多かったですね。

最初の数年間は、いただいた仕事はどんな内容でも引き受け、とにかく数をこなすことを意識して働いていました。大学卒業後しばらくしてから再び東京で頑張ろうと決め、大学時代の友人達と都内でシェアハウスをしながら活動していました。それぞれ自分たちの仕事が忙しくなったタイミングでシェアハウスは解散。私は、コロナ禍のあたりから精神的に追い詰められてしまう時期があり、自分の制作のあり方を見つめ直すようになります。

現在は長野に移住し、より自分に合ったペースでアニメーション制作を続けています。

次に作品についてお聞きします。まず、作品を制作するうえでの足掛かりを教えてください。

ひらの 作品の足掛かりとなっているのは日常の中にあるちょっとした引っ掛かりです。例えば『パラダイス』(2014)には歯のキャラクターが出てきますが、これは「歯医者さんの歯のキャラクターって、いろんなバリエーションがあって可愛いな」とふと思ったことに由来しています。こういった思い付きからはじめて、なぜ自分は歯に惹かれたのだろうという自己分析をするのですが、その際には歯についての文献を読めるだけ読むというリサーチプロセスを挟みます。そうすることで自分の興味関心を自分の言葉で説明できるようになり、作品のテーマとして納得感をもって取り組む事ができるようになります。

ホリデイ』(2011)も、俳優のパク・ヨンハさんのお葬式に参列していたファンの方が「この雨わかります? ヨンハの雨ですよ」と言っているのをワイドショーで観かけ、それが着想源になりました。こういった日常の中で心に残った物事をいくつもメモしてはリサーチし、その中で「作品にしたいな」と手ごたえを得たものをテーマにしています。

ひらのさんはドローイングやデジタルカットアウト、最近はBlenderまで使用されて制作されています。様々な手法に取り組む理由をお聞かせください。

ひらの もともと絵を描くのは好きだったんですが、ニュージーランドにいたこともあり、美術予備校には通っていなかったんです。そのため同級生と比べて絵の技術がないことに悩んでいました。そんな時に授業でイゴール・コヴァリョフ(Igor Kovalyov)『ミルク』(2005)を観て、アニメーションに興味を持ち始めました。アニメーションは沢山の絵が連なってできあがるので、一枚一枚の絵の質が多少見劣りしたとしても成立するんじゃないかと当時は考えていたんです。

アニメーションは授業課題ではなく、自主制作として作り始めました。技術も独学でしたし、大学に入るまでアニメやマンガにもきちんと触れてこなかったので、例えば水を描こうにもどう描けばよいのかがわかりませんでした。そこで描けない部分は実写や写真を合成すればいいと考えたのが、今のスタイルの始まりです。当時はYouTubeでインディペンデント・アニメーションを片っ端から観たり、友人からおすすめされた商業アニメや実写映画を観たりと、手法の異なる作品をフラットに受容していたので、複数の手法を組み合わせて制作することに抵抗はありませんでした。

制作に用いているツールについても教えてください。

ひらの アナログはほとんど使わず、だいたいデジタルで完結しています。作画はiPadのProcreate Dreamsというアプリを使っていて、他の工程にはPhotoshopとAfter Effects、Blender等を使っています。

作品を作るうえで、大切にしている点やこだわっている点を教えてください。

ひらの 日常の中で気になったことを、なぜそれが気になるのかリサーチを重ねて徹底的に掘り下げ、その過程で自ずと浮かび上がってくるテーマを大切にしています。

改めて考えてみると自分は境界にこだわりがあるんだと思います。自己と他者の境界や、人間と非人間の境界が壊れ、異なるものが接続される瞬間を繰り返し描いているように思えます。例えば『ガスー』(2021)ではタイで非常によく知られていて何度も映画化されている妖怪ガスーを、日本のヤクザ映画の文法で改めて映画化することで、異なる文化同士が接触するなかで生まれるズレや混ざり合いから新たな物語を生み出せないか試みています。

影響を受けた作家や作品についても教えてください。

ひらの 今も昔もベースにあるのは水木しげる先生です。アニメーションでは先に挙げたコヴァリョフさんの他に、「スポンジ・ボブ」シリーズや「アドベンチャー・タイム」シリーズにも影響を受けています。かわいいキャラクターデザインとぶっ飛んだ物語の温度差は、自作でも意識しています。あとはユーリ・ノルシュテイン(Yuri Norstein)ですね。彼の作品を観て「手でこんなものが作れるのか」と衝撃を受けました。

またブルース・リーと小泉今日子さんのことも尊敬しています。ブルース・リーは映画人として西洋とアジアを架橋しつつ、アメリカの大学で哲学と心理学を学びながら東洋哲学についても研究していた「越境の人」なんです。彼の創始したジークンドーという武術も、アジアの伝統的なカンフーと西洋のフェンシング、ボクシング等を垣根なく合体させて近代化を目指したものですから、まさに文化の境界をクラッシュさせることで生まれたものと言えます。小泉今日子さんはアイドルでありながら、アイドルという枠組みを内側から切り崩してきた人だと考えています。 今もテレビタレントという枠にとどまらないクリエイティブな活動を精力的に続けています。そういう境界を食い破るような活動されている方から影響を受けていて、自分もそうありたいと願っています。

最後に現在企画開発中の新作『NIGHT IN THE EYEWAL(仮)』についても教えてください。

ひらの 過去の作品同様、基本的にはエンターテインメントとして楽しんでもらえる作品を目指しつつ、その一方で秘めたテーマも垣間見てもらえるようなバランスを意識しています。

今までの作品制作では一人で考えすぎて自分を追い詰めすぎてしまうことが多かったのですが、新作『NIGHT IN THE EYEWAL(仮)』はとても楽しく制作できています。「NeW NeW」に採択していただいたおかげで、他人と関わりながら作れているのが大きいですね。

作家として完成度の高いものを見せたいというプライドもあるので、「NeW NeW」のプログラムで制作中の脚本を他の作家の方に見せるというのは、はじめはプレッシャーにも感じていました。ただ実際に制作プロセスを言語化して、その時々で悩んでいることを他の方とシェアできるようになると、精神的にすごく楽になりました。長野に移住して以来、こういった自分自身の悩みや考えを少しづつ開示出来る場所の大切さを痛感しています。今住んでいる場所には小さな商店街があって、そこを散歩していると色々な人と話すことができるんですが、お互いの近況や悩みを話していると、みんなそれぞれ苦労して生きていることがわかるので、自分も頑張ろうという気持ちになってきます。こういった他人との関わりのおかげで、今はとても楽しく制作に取り組めています。あと今は編み物教室に行ってみたり、Blenderのオンラインレッスンを受けたりもしています。これまで技術は独学で習得してきましたが、先生から学ぶことの大切さを今改めて痛感しています。


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