スン・シュンとの対話
- 聞き手
- 金子勲矩
関口和希
ひらのりょう
- 構成
- ホワイト健
新潟国際アニメーション映画祭に参加中だった現代美術家のスン・シュン(孙逊)さんに、第一期採択作家の金子勲矩・関口和希・ひらのりょうがインタビューを実施。現代美術の領域とアニメーション映画の世界を行き来する氏の制作の秘密について質問をしました。

質問:スンさんは多作で知られていますが、どのようにしてこれほど多くの作品に取り組む時間を確保しているのでしょうか?
スン:(時間を見つけようとするよりも)とにかくただやればいいんですよ。計画もスケジュールも、生活のことすらも考えず無心に手を動かし続けることにしています。
作品制作は見知らぬ街を旅するようなものです。知らない街へ行くとたいてい道に迷ってしまうものですが、一度迷ってしまえばあとは突き進むことしかできません。右も左も分からないなか、宿泊先のホテルを探そうとさまよい歩くことで、だんだんとその街の全体像が分かってくるものだと思います。迷子になることで、面白いお店を見つけたりと予期せぬ出会いに恵まれるものです。
質問:制作期間が長丁場となる長編映画を制作する際も同様の姿勢で取り組まれているのでしょうか?
スン:その通りです。長編の場合、最初の方はお金もありませんから、「スケジュールを立てる」ということがそもそも不可能です。ですから、ただ手を動かすことしかできません。
質問:新しい映画を作る際は、まず最初に何をしていますか?
スン:酔っ払う!(笑) 酔ってとりあえず自由に絵を描いてみるんです。そうしてできたイメージをしばらく寝かせておくと、次第にその一枚を中心にしてアイデアが広がっていくものです。
質問:Pi Animation(※編集注:スン氏が2006年に設立したアニメーションスタジオ)のメンバーはどうやって見つけたのですか?
スン:見つけようとして見つけたのではありません。何かが我々を引き合わせてくれたのだと考えています。チームのうち5人は10年以上も働き続けています。中国の若者たちは常に新しいことを好むので、2年もすれば仕事を変えたくなり、3年以上同じ職場で働くことは滅多にありません。でも、私のスタジオの5名のスタッフは、20年ほども一緒に働いています。世の中では夫婦でさえ3年もすれば離婚する家庭が出てくるくらいですから、ともすると家族よりも長い付き合いです。
質問:スタジオでは会議などを短く済ませるよういつも心がけていると伺いましたが、代わりに仕事の外でチームとコミュニケーションをとっているのでしょうか?
スン:いえ、特にそのようなことはしていません。言葉がなくとも気持ちで分かり合えるので、コミュニケーションの量は問題にならないと考えています。言葉そのものでの会話では、確かに意味などは簡単に伝わりますが、本当の気持ちまではなかなか伝わりませんから。
質問:スンさんのドキュメンタリーをYouTubeで観たのですが、そのなかで伝統的な中国の筆や墨を画材に用いていると明かされていましたね。画材の選択に理由はありますか?
スン:実は墨は中国のものではなく日本のものを使っています(笑)。具体的には木の灰を用いて作られる奈良の墨を用いているのですが、最近よく見かける水っぽい墨とは違ってきちんと伝統的な生産方法で高い質を保っていますから。
どうしてこういった画材を用いているかといえば、やはり伝統的なやり方に倣うのは重要だと思うからです。ただし、伝統的な描き方が大事と言っても、ただ昔の人と同じ道具と技術を用いればいいということではありません。真に見る者の心を捉える画を描くには、それを成し遂げてきたかつての画家たちと同じ思考回路を身につける必要があります。当時、彼らがどういうふうに世界を見ていたのか、どういうふうな哲学を持っていたのか、といったことを学ぶ必要があります。技術だけではなく、その背景にある歴史までをも理解する必要があるんです。
私は日本の水墨画からとても大事なことを学んだのですが、同時に中国の宋朝時代の水墨画家も好きで、彼らについてもたくさん勉強しました。しかし、宋の画家たちと同じように思考しようとしても、あまりに時代が遠すぎて足がかりなしには不可能です。だから、当時に関する歴史書を読む必要がありました。すると、「なるほど、当時の人たちは仏教に強い信仰心があったのだな」ということが分かります。そうしたら次は仏教について学びます。仏教は哲学です。先ほど「計画は立てない」と言いましたが、これは仏教の考え方に基づいています。
例えば、魚屋に行きたいとしましょう。そのとき、GPSで最短のルートを検索してしまうと、魚屋に行く過程で通り抜ける街を全て無視してしまうことになります。目的地に着く、という目標は達成できますが、その代償として街の面白さや出会いなど、魚屋以外の世界を丸ごと見失ってしまうのです。
買い物などの目的で最短のルートを使うのは構いません。しかしながら、芸術でそれをしてしまうと最悪です。だから、私は水墨画を学ぶにあたって宋の時代について調べ、仏教についての本を読み、当時に関係するものを展示している博物館にも行きました。そこで白隠慧鶴という画家に出会います。私にとってのスーパーヒーローともいえる偉大なアーティストです。白隠は仏教僧なのですが、彼が描いた画を見て私は禅の考え方を理解しました。日本の水墨画から学んだ大事なこと、というのはこの禅の価値観です。
質問:白隠は僧として教えを広めるために画を描いていたのですよね。
スン:はい。彼の絵は技術的には稚拙ですが、それでも絵を通じて人々に仏教の教えを広めることに成功しました。私は美術大学で技術を身につけました。それなのに、美術の専門教育を受けていない白隠の画にさまざまな面で負けたように感じたのです。
私たちはいつも本質的でないことにばかり気を取られ、重要なことを見失っています。だからこそ、「では何をすべきなのか?」ということを第一に考えて行動する必要があるんです。そして、それはすなわち「魚屋ではなく街を見る」ということなのです。「計画は不要」とはそういう意味です。
食事や睡眠のようなものと考えると分かりやすいでしょう。ご飯を食べる時間や寝る時間について細かい計画を立てることはないでしょう? お腹が減ったらご飯を食べ、眠くなったら寝る。制作も同じです。
質問:現在制作中の長編『Magic of Atlas』に取り組むにあたって、基盤となる脚本はありましたか? それとも制作を進めるなかで即興的に考えていましたか?
スン:脚本は書いていません。私の作品で大事なのはストーリー云々ではないのです。とにかく感覚を第一にしています。観客がどこか違う世界に連れていかれたかのような気持ちに浸れる作品を目指しています。
物語に関していえば、例えばウクライナ戦争について調べたとします。そこには宗教の問題に武器の問題、ヨーロッパ・アメリカ・中国など世界のパワーバランス、ゼレンスキー大統領の振る舞いなどさまざまな要素が絡まり合っていることが分かります。それらの固有名詞さえ変えてしまえば、その構造はそのまま物語になります。現実を少しいじるだけで映画はできてしまうわけです。
質問:スンさんはどのようにして作品のテーマを考えているのでしょうか?
スン:テーマについては分かりません。アイデアを練る際、仙厓義梵の作品をよく観に行くのですが、彼は白隠と同じく高い技術力を有していたわけではないものの、心の赴くままに描いていました。私もその精神で映画を制作しています。
この前、宮﨑駿のドキュメンタリーを観ました。そのなかで、彼が息子である宮崎吾朗が監督した映画の試写を観た際に、怒って劇場から途中退出するという一幕がありました。慌ててカメラが追いかけると、宮﨑は部屋を出たところで煙草を吸っていたのです。「屋内で勝手に吸っちゃいけないだろう」と画面越しに言ってしまいそうになったのですが、ドキュメンタリーの撮影班は誰一人として彼を止めようとはしていませんでした。
宮﨑もその場所が禁煙だったことくらい把握していたでしょう。特に日本人は喫煙マナーに厳しいので、誰もそういったシチュエーションで煙草を吸おうとはしません。ですが、宮﨑は「怒ったから吸う」と感情に素直に従っていました。ルールを気にせず、感情のままに行動する。私はこの精神を規範にしています。
もうひとつ。私はかつて横浜トリエンナーレに参加したことがあるのですが、荒木経惟がやってきて、展示物をカバーガラス越しにぺたぺたと触りだしたのです。びっくりしてスタッフの方を見たのですが、誰も彼を止めるどころか、声をかけようとさえしていませんでした。
こういった人々は本当の意味で精神が自由なのです。そしてこのような精神の人をコントロールすることは誰にもできない。彼らは常にやりたいことをやる。「ルールは破るべき」と言いたいのではありません。こうした考え方をもつ人はとても強力で、誰にもコントロールされないし、止められもしないのだ、ということです。
もうひとつ、私の考え方を変えた大事な経験があります。私は以前、よくアシスタントと一緒にホテルでカンヅメをしていました。筆と墨だけを持って、完成するまで外に出ることを禁じ、完全に自分たちを閉じ込めるのです。しかし、そのうちコロナ禍が来て、2か月間ホテルから出られなくなりました。そこでアシスタントふたりと今後について話し合いました。自由が効かない状況にあるけれど、制作をやめるわけにもいかない。だからここでできることをやるしかない、と。「でも、道具も何もないじゃないか」と彼らは言いました。いや、道具はあるんです。ベッドのシーツやビール瓶など、部屋にあるものや、フロントで手に入るものは、何でも使ってやろうじゃないかと。窓に作画したり、廊下でコマ撮りをしました。部屋にはコンピュータもありませんでしたから、撮影や編集もiPhoneだけで行いました。音楽だけは制作後に友人に作ってもらいましたが。
質問:ホテルの人が怒りそうですが、大丈夫でしたか?
スン:むしろ手伝ってくれましたよ! ロックダウン中はどこにも出歩けませんから、彼らにとってもちょっとした楽しみになったのだと思います。
難しい挑戦でしたが、この経験から日常のなかにあるさまざまなものは別の見方や使い方ができるのだと学ぶことができました。