新潟国際アニメーション映画祭レポート:ひらのりょう
- 文
- ひらのりょう
夜中の高速道路を、愛車の軽トラックでひた走る。
生活の拠点である長野県・富士見町から新潟市までは車でおよそ3時間。旅のお供は深夜ラジオ。向かう先は、第三回新潟国際アニメーション映画祭だ。
この映画祭は、世界初の“長編アニメーション”に特化したアニメーション映画祭として、2023年にスタートした。
……とはいえ、「映画祭ってそもそも何?」という人も多いかもしれない。実を言うと、アニメーション作家を名乗っている私、ひらのりょうでさえ、映画祭とは何か? と聞かれると、ちょっと言葉に詰まってしまう。がんばって簡単に説明してみると、開催地(今回は新潟!)のさまざまな場所で、世界中から集められた作品が次々と上映される映画のお祭り! とこんな感じだ。
新潟国際アニメーション映画祭のコンペティション部門では、選りすぐりの長編アニメーションが受賞を目指して競う。 「映画=長編」というイメージを持っている人も多いと思うけれど、実は多くのアニメーション映画祭では短編作品部門が中心となっている事が多い。長編は、一部門という位置づけであることも少なくない。だからこそ、この映画祭のユニークさが際立っている。
もちろん、映画祭には“コンペティション”がある。これはいわゆる賞レース。どの作品が、どんな賞を獲るのか――世界中から集まった作品たちがしのぎを削る。それが映画祭の大きなハイライトでもある。
雪が深く積もる山間を抜けて、新潟市内に到着したのは深夜1時ごろ。
今回、私は「New Way, New World(略称:NeW NeW(ニューニュー)」の一環として、映画祭に参加することができた。さらに、映画祭に合わせて開催される「新潟アニメーションキャンプ」にも参加させてもらうことになっている。これは、アジア各国から招待されたアニメーション業界で働くことを志望する若者たちが、プロフェッショナルの講義を受けることができるという、いわばアニメーション武者修行の場である。
「NeW NeW」とは将来、世界で活躍できる作家を育成支援する事業だ。公募枠アーティストとして、関口和希さん、金子勲矩さん、とともに私ひらのりょうが選ばれ、新潟国際アニメーション映画祭に参加させてもらっているのだ。というわけで、新潟国際映画祭でのミッションは、最新のアニメーション映画をとにかく吸収すること! 多くの人と出会い、つながりと学びを得ること!
アニメーション作ってる人って普段は家にこもって黙々と作業しているわけで、これってめちゃくちゃ精神的なハードルが高いことなのをご理解いただきたい。軽トラを走らせながら何度Uターンしようと思ったことか……。もう新潟着いちゃったし、そんなことを考えても仕方がないので、明日からとにかく楽しむぞ!と自分に言い聞かせて眠りについた。
そんなわけで、映画祭初日。午前8時。映画祭の朝は早い。はじめての新潟市内は、都会のスケール感とレトロな空気が不思議に共存していて、歩いているだけでも楽しい。でかすぎる橋こと萬代橋からは、雄大すぎる信濃川が見渡せる。映画祭会場付近ではコスプレイベントも開催されていて、レトロで雰囲気のある地下街がコスプレイヤーで埋め尽くされていて、まさに異世界に紛れ込んだような感覚。これぞ“お祭り”という空気に満ちている。
映画祭最初の参加プログラムは、新潟アニメーションキャンプの講義! ちなみに他の会場では映画の上映があったり、制作途中作品のプレゼンがあったりと新潟駅近辺では同時進行で上映やトークなどが開催されている。あれも行きたいしコレも行きたい! と迷うのも映画祭の醍醐味なのだ。
話は戻って新潟アニメーションキャンプ。まずはアジア各国から集まった、キャンプ参加者ひとりひとりの自己紹介から。もちろん英語。そう、ここは“国際”映画祭。英語でのコミュニケーションが基本となるのだ……! みんなの前で英語で自己紹介といういきなりすぎる試練をなんとか乗り越え、プロフェッショナルによる充実した講義を堪能した。緊張しすぎて誰とも仲良くなれなかったのは……初日なのでしかたない。明日がんばるぞ。
新潟アニメーションキャンプのプロフェッショナルによる講義で特に重要視して扱われるのが、つくりたいものをつくるためにどうやって資金を集めるかという点だった。参加する前までは、作品の内容や、テクニックの話を想像していたのだがここまでアクチュアルな問題にコミットしてくれるとは思わず、感動した。この日から連日、うおぉぉ、ためになるー! と心のなかで叫びながら講義を受けることになった。ためになりすぎるので興味がある人は絶対参加してみて!!
講義のあとは、映画祭参加者用のパスを受け取りに行く。このパスがあれば、会期中に上映される映画は見放題なのだ。事務局の受付に並んでいると、今回のコンペティション部門にノミネートされている作品『The Worlds Divide』の監督デンバー・ジャクソンと、音楽担当のマーク・ユンカーに出会った。さっき友達をつくれなかった反動で、ここぞとばかりに英語で話しかける。二人はカナダ出身のアーティストで、数日前に来日し、レンタカーで旅をしながら温泉を巡りつつ映画祭にたどり着いたとのこと。日本をめちゃくちゃ満喫している様子だった。
話を聞いてさらに驚いたのは、デンバー監督が、ほぼ一人で長編アニメーションを完成させたということ。 え?! 長編映画を??? ほぼひとりで??? どういうこと????
……と思わず耳を疑ったが、アニメーション映画祭では、こういうことが“普通に”起こる。そう、国際アニメーション映画祭とは、『ドラゴンボール』でいうところの天下一武道会、『ハンター×ハンター』における天空闘技場。世界中から、信じがたいアニメスキルを持ったものすごい才能たちが集まる場なのだ。
少年バトルマンガと違うのは、アニメ猛者たちがとてもフレンドリーでオープンな点だ。作品のつくり方やどうやってプロデューサーをみつけるの? といった疑問を尋ねれば、みんな丁寧に答えてくれるし、本当に互いをリスペクトしたコミュニケーションがとれる。きっとみんな作品づくりの大変さを知っているからなんじゃないかと思う。
新潟国際アニメーション映画祭には、世界28カ国・地域から69作品がエントリーされ、今回はその中から12作品がノミネートした。日本、アメリカ、カナダ、韓国、ハンガリー、チェコ、イタリア、オーストラリア等と、世界各地から監督たちが作品を携え新潟に集まっている。さらに中国アニメーションの特集なども組まれ、制作国やジャンルを超えた広がりが印象的だった。ここでは、本当に普段なかなか見ることができない映画と出会うことができる。それらの作品との出会いは、物語の語られ方や、アートワーク、価値観の多様さやそれぞれ作家が育った環境といった個人的な領域まで、広い世界を知覚するための窓となっていた。
ノミネートされた作家たちは、もちろん“猛者”揃いだ。13年をかけて長編を完成させた監督。出資を受けず、完全に個人の力だけで長編をつくりあげた監督。自国の政治的状況を反映させた重厚なドキュメントをアニメーションで描いた監督。そしてアカデミー賞受賞歴を持つ監督まで……。それぞれが独自の視点と個性と手法をもっており、そしてなにより皆、とにかくフレンドリー。自分たちの作品が多くの鑑賞者に観られること、アニメーションについて語り合えることを楽しんでいた。新潟アニメーションキャンプを通して、監督たちにインタビューできたのもとてもいい経験となった。
また、「NeW NeW」からの素敵な計らいで、中国の現代美術家でありアニメーション作品も数多く手掛ける、孫遜(スン・シュン)さんとの交流会も開催された。孫遜さんのオーラがすごすぎて張り詰めていた空気も対話のうちにすぐに解け、そのパワフルな創作の根源を惜しみなく語ってもらううちに熱気を帯びる勢いとなった。受け取るものが多すぎる交流会!! 孫遜さんありがとうございます。
映画祭の最終日には、『かたつむりのメモリワール』の監督であるアダム・エリオットさんに金子さん・関口さんとインタビュー(もちろん英語で!)するという素晴らしいプレゼントもいただいた。めちゃくちゃいい人で感動しっぱなし!
と、このような感じで6日間にわたって、映画を楽しみながらも様々な交流や勉強の場に参加でき、アニメーション熱と愛を浴びまくり。行きの軽トラでは帰りたいと思ってたくせにめちゃくちゃ楽しんでしまった。細かい出来事の全てを書ききれないのが残念だが、関口和希さん、金子勲矩さんのレポートもあるのでそれぞれ併せて読んでいただきたい。
新潟国際アニメーション映画祭で、とくに印象に残ったのは、上映後にロビーで行われるQ&Aセッションの熱気だ。観客の質問は途切れることなく飛び交い、監督たちは一つひとつに真摯に応える。作品の技術的背景や国際的な制作事情、物語の深堀りに至るまで、観客とつくり手がリラックスした雰囲気で、率直に、そして深く語り合っていた。この距離感と熱量は、他の映画祭ではなかなか味わえないものかもしれない。
その空気に後押しされるように、新潟アニメーションキャンプの最終日までには多くの友人ができた。SNSでつながり、活動を応援し合ったり。「今度互い町に来たときは一緒に遊ぼう」と約束まで交わした仲間もいる。初日に仲良くなったマークに至っては、愛車の軽トラを自慢したところ、カナダに帰ったら軽トラ購入すると決心したらしい。やった! 軽トラ仲間が増えたぞ!!!
そしてもちろん、せっかく新潟に来たのだから、美味しいものもたっぷり堪能したことを、忘れずに書き添えておきたい。 世界のアニメーション映画、土地の食、そしてアニメーションを愛する人々。すべてがひとつの場所に集い、交差する。その異様な熱量のうねりを堪能できるのが新潟国際アニメーション映画祭なのだ。