ミカエラ・パヴラートヴァとの対話
- 聞き手
- 金子勲矩
関口和希
ひらのりょう
- 構成
- ホワイト健
第一期公募枠作家3名がツアーの一環で訪れたザグレブ国際アニメーション映画祭にて、チェコ出身のアニメーション監督、ミカエラ・パヴラートヴァ氏にインタビューを行いました。本記事は、当日のインタビュー内容をベースに、パヴラートヴァ氏による語りおろしレクチャーという形式でお届けします。

学校・映画祭というコミュニティ
みなさんが日本国内で参加しているコミュニティなどはありますか? 私はプラハのFAMU(プラハ芸術アカデミー映像学部)でアニメーションを教えているのですが、そこでいかに学生たちにとってコミュニティが重要かを実感したので、そうした事情も気になります。例えば、学校にいる間は「学校」というコミュニティがありますよね。ですが、それ以外に属する共同体がないと、学校を卒業したあととても孤独になってしまう可能性があります。
それに、卒業後に制作を続けるのも難しくなるでしょう。学校に通っている間は課題がありますし、他の学生もいますし、先生からのフィードバックもある。それに、取り組む期間もせいぜい4年程度です。ですが、それが終わって自分の生活を成り立たせなければならない、となったときに、例えアニメーション制作を続けたいと思っていても、周りに自分のような人がいないととても孤独で険しい道のりになってしまいます。
グループというよりは、同好の士の方が正しいかもしれません。映画祭に行ったとき、周りにあなたと趣味の近い同業者がたくさんいるのを見ると、なんとなく孤独じゃないような気持ちになりますよね。私の学生たちは、同じ学校の学生どうしはちろん、チェコ国内の他校の学生とも仲良しの人が多いです。ネット上のものを含めたたくさんの集まりに顔を出していて、映画祭のたびに顔を会わせては親交を深めています。こうした共同体に参加している感覚がないと、とても簡単に諦めてしまいます。映画祭があるという情報も回ってきませんし、どういった新しい企画が進んでいるのかも知ることができません。
自分が初めて国際映画祭に参加したときのことを思い出しますね。シュトゥットガルト国際アニメーション映画祭だったのですが、ビル・プリンプトンやピョートル・ドゥマラ、プリート・パルンのような巨匠から始まり、私と同い年くらいの学生までたくさんの作家が勢揃いでした。その瞬間に、巨匠たちも自分たちとはそう遠い存在ではないことに気づきました。パソコンで作るか手で描くか、2Dか3Dか、はたまた人形を使うか、と手段は千差万別ですが、結局のところはみんな同じように映画というものを、同じように大量の時間と労力をかけて作っているのです。そう考えると、とても良い気持ちになりました。帰りの電車で気が急いて、早く帰って新作に取り組みたい、早くあの人たちに観せたい! と感じました。
もちろん、そうした感覚を覚えるために必ずしも全員と仲良くなる必要があるわけではありません。実際、私たちの多くは内向的な性格ですし。でも、あなたは一人ではなく、同じような活動をする人はたくさんいるのだということが知れるわけです。
プロデューサーの重要性
もうひとつ重要なのは、プロデューサーと手を組むことだと思います。FAMUには昔からプロデューサー科があり、そこの学生には他の学科の学生たちとチームを組んで制作に取り組んでもらっています。映画学校という性質上、プロデューサー科の他にもカメラ科や監督科、ドキュメンタリー科、アニメーション科、編集科などさまざまな領域があります。しかし、プロデューサー科の多くの学生たちは短編アニメーションの制作には興味がなく、とにかく実写映画を制作したがっていました。そこをなんとか説得して、アニメーション科との共同制作を企画することに成功しました。最初は一人の学生から始まりました。ダイアナ・キャム・バン・グエン(Diana Cam Van Nguyen)というベトナム生まれチェコ育ちの学生で、自分の来歴をテーマとした短編アニメーションをたくさん制作していました。あるときプロデューサー科の学生がダイアナに着目し、彼女の作品なら売り出せると考えました。プロデューサーとして映画のパッケージングの仕組みも把握していたので、監督科で作られた他のチェコやベトナムの長編映画と組み合わせてダイアナの短編を上映して売り込みました。それを通じて、プロデューサー科の学生は、映画のみならず短編アニメーションも売れると気付いたのです。
プロデューサーが短編アニメーションにも関心を払っておいたほうがいいのは、実写と比べてプロデューサーとしての労力が小さくてすむからでもあります。アニメーション制作で毎日プロデューサーの協力が必要になることはあまりないでしょう?
一方で、短編アニメーション作家にとっては、プロデューサーは全体像を見ることができる貴重な存在です。作家は細部に気を取られ、全体像を見失いがちです。プロデューサーは作画上の細部よりも物語としてのドラマツルギーに関心が向いているので、「ねえミカエラ、ここはそんなに凝らなくてもよいんじゃない?」と作家に欠けている視点を補ってくれるのです。
学校にいる間にこうした関係を築くことができると、学校を卒業したのちも制作を続けて欲しい、と思ってくれる相手ができるのです。これは卒業後もアニメーションを諦めないようにするためのモチベーションを保ち続けるのに非常に役に立ちます。
プロデューサーと組むのは本当に大事なことです。FAMUでは良い作品がたくさん作られましたが、その多くが世間に広まることなく終わってしまっていたのです。良い映画ができるかどうかはもちろん大事ですが、その映画を人に観てもらえるか、映画祭で流してもらえるかというのは全く別の問題です。近頃は映画祭への応募もオンラインでできるようになって手続きが簡単になりましたが、それでもかなり時間のかかる作業だということには変わりない。それに、多くのアニメーション作家は映画祭に出すための戦略に長けているわけでもありません。もちろんそうした部分まで一人で手を回せる作家もいますが、私には無理ですから、誰かが資金集めや配給の部分を肩代わりしてくれるのであればとても楽になります。例えば、私が『マード 私の太陽』(2021)を自分で宣伝しようとしても、確かに自分の望んだ通りの売り出し方はできるかもしれませんが、きっとうまくいくことはないでしょう。自分の考えとは全く違うやり方で宣伝することにはなるかもしれませんが、それでもプロデューサーの手腕を信じ、その成果に満足できるようになる必要があります。
「作家」でいることの選択がもたらす困難
『レペテ』(1995)を制作した少しあと、1996年、広島国際アニメーションフェスティバルに初めて参加しました。その前から日本のアニメーションのことは知っていて、とても創造的でユニークだと思っていたのですが、映画祭に参加したとき、「日本のインディペンデント作家の数はチェコよりも少ないのでは?」と気づきました。確かに日本にはたくさんのアニメーション作品がありますが、そのほとんどが、いわゆる商業的な「アニメ」です。私の学生もみんなアニメが大好きなので、私も少しは知っておくべきだとは思っていますが、新入生の持ってくるポートフォリオのほとんどがアニメ風であるというのは好ましいとは思えません。彼らに「そのスタイルを真似する必要はないんだよ」と言っても、「真似して何が悪いの? みんなやってるよ」と返されます。確かにそうかもしれませんが、私たちはそうした流行に従う必要はありませんし、そもそもそういう学生を求めているわけでもありません。私たちが求めるのは、多少表現力が未熟であっても、異なるスタイルを受け入れる姿勢のある、オリジナリティをもった学生です。
自分のスタイルをもたないことは悪いことではありません。むしろ急いでスタイルを固めるよりは、たくさんのものを吸収した方が良い。自分の「肥やし」にするわけです。若い人たちはみんなさまざまなものに影響を受けています。私も同様です。何かを良いなと思ったとき、意識的にであれ無意識的にであれそれは頭の片隅に留まります。だから、唯一無二であるべきだ、と考えるのも、アニメなどの流行りの画風を真似すべきだ、というのも、どちらも危険です。
ただし、自分自身の作品を作りたいなら、観客はメインストリームで活動した場合と比べて絶対に多くなることはありません。その覚悟はしておく必要があると思います。それは日本だろうがチェコだろうが、どこの国でも一緒です。だから学生が「卒業後にどうやって生計を立てればいいかわからない」と言ったときはいつも、「あなたは芸術を学ぶことを選んだのですよね。もし安定した収入が欲しいなら、もっと早く考えておくべきだったかもしれません。アニメーションに携わるなら、子供向けの分野で活動するか、スタジオに所属して働く道もあります。ですが、自分自身の作品を作りたいのであれば、常に助成金などの資金を探し続けなければなりません」と答えます。
時には作品が成功して賞金をもらうことができて、次の月の生活費の助けになったりもします。他の人がどうしているのかは知りませんが、私が活動を始めた90年代は幸運にもまだ短編アニメーションにたくさんの助成金が下りる時代だったので、卒業以来ずっと短編に取り組むことができています。賞をとることができれば依頼制作に時間を取られる必要もないので、自分が作りたいものに集中することができます。ですが、みんながその幸運に恵まれるわけではありません。
あとは、教職ですね。多くの作家はアニメーションを教えていて、これがちょっとした収入になります。もちろん、家族をもちたい場合やローンを組む場合などは難しいでしょう。でも、教職を得ることができれば、オリジナルの作品を作りながら慎ましやかな生活を成り立たせることができます。ただ、子供が欲しければもっとお金が必要になるので、きっとそれだけでは難しいでしょうね。私はどういうわけか子供をもつということに気持ちが向かわず、適切なタイミングを逃してしまいました。子供が欲しくないと考えるパートナーと一緒にいたということもあります。でも、最近は物価も高いので、学生はどうしても卒業後に仕事に専念する必要があるようです。クリエイティブな自由は欲しいけれど安定した収入も欲しい、というのは不可能なんだということを、学生には口酸っぱく言っています。もちろん、若いときはどれも捨てられないものですが……結局は個人がどちらかを選び取らなければならないところだと思います。アニメーション制作を続ける学生が子供を持つことが普通になってほしいとはもちろん思います。家を買えるというのも同様です。とはいえ、険しい道になることは間違いないでしょう。
私も長編を作っていたときはある程度のお金になりました。契約書を読んだりするのが苦手なので、いくらだったかは忘れてしまったのですが……ザグレブにゲーム部門がないというのが不思議なくらいに、ゲームも人気になっていますね。FAMUにも最近になってゲームを学べる修士課程のコースが設置されたことで、学校への応募数が若者を中心に突然大きく増えました。我が校も頑張っているんですよ!(笑) ただ、そのことで逆に、なおさらアニメーションが危機的な状況にあるようにも感じられ……ゲームとアニメーションは、似ているようで似ていません。ゲームではプレイヤーにより多くの選択肢と自由を与えますが、映画監督の仕事はその反対で全てのショットや音楽を厳密に指定しますから。
ともあれ、みなさんの成功を心から願っています。この神聖な旅が、あなたの前進の励みになることを願っています。オンラインのつながりもいいですが、面と向かって出会うことも重要だとみなさんが理解してくれているのであれば、とても嬉しいです。現在では多くの仲間たちと最初にオンラインで出会います。作品を気に入って「あなたの映画が好きです」とメッセージを送りあい、その次の年に映画祭で対面したり……アニメーション作家にとって重要なのは、そうしたつながりをポジティブに、永遠に保ちつづけることだと思います。
