クリス・ロビンソン『Japanese Animation: Time Out of Mind』翻訳(2):東京、現在
- 著者
- クリス・ロビンソン
- 翻訳
- 新井佑季
- 監訳
- 土居伸彰
NeWNeWジャーナルでは、2010年に出版されたクリス・ロビンソン著『Japanese Animation: Time Out of Mind』の邦訳を掲載します。
🔗クリス・ロビンソン『Japanese Animation: Time Out of Mind』翻訳(1):イントロダクション ↩︎

東京、現在
バリーが亡くなってから1ヶ月、私は東京の空港を歩いていた。
「オハイオ!」と航空会社のスタッフの声がする。
なぜ何度もそんなことを言うのだろう7 。オハイオ州について尋ねているのだろうか。日本人が多い場所だとは思えないが、なぜだろう。一体誰がクリーブランドやシンシナティに住みたがるんだ? デイトナならまだしも。ロバート・ポラード8 の出身地だ。
私は壊れたような半笑いを浮かべる。
税関を抜ける。
出迎えはいない。
ベンチを見つけて座り、ただ待つ。そしてなんとか状況を理解しようとする。
大きな鳥が歩いてきて、こちらを見て会釈する。
何も反応するものか。
気づけば、若い男が隣に座っている。シャツにネクタイ、スラックスというセミ・フォーマルな格好だ9 。どこか様子がおかしい。やたらと鼻をすすっている。最初は風邪を引いているのかと思ったが、どうやらニオイをかぎまわっているようだ。彼は私の視線に気づき、こう言った。「僕の名前、アツシ・ワダ」
……え?
まあ、なんでもいい。
その男——和田淳は頭をパカっと開けて、私を中に招き入れた。
私はその中に入る。
彼は絵を描くのがあまり上手ではない。
でも、「うまい」って何だ?
絵がうまいって、どういう意味なんだ?
「これが正解だ」と書かれたバイブルでもあるというのか? ギャグ・カートゥーンの漫画家たちにとってはあるのかもしれない。プレストン・ブレア10 こそが絶対、みたいな。
どうでもいい。こういった間抜けな漫画家たちはほぼロボットだ。ピストル・ピートYというやつがいて、こいつがまた本当に退屈なアート作品を作る。リスやトカゲ、誰だかわからない有名人の似顔絵……まるで和田淳作品の登場人物みたいに、「他に違ったやり方があるかもしれない」とは考えもせずに、ただただ他のみんなと同じことを繰り返す11 。
私は、ピストル・ピートYのようなやつは好きじゃない。あいつらは恐竜と洞窟に住んでいて、世界のごく一部しか見ようとしない。一月の寒い冬の夜に、自分たちを安全で温かく保ってくれる見慣れた影にすがっているんだ。12
和田の声が割り込む。
「モディリアーニみたいな女の人13 が立ち上がって、10秒間こっちを見つめる。そして、顔を逸らす。僕が描きたかったのは、振り返る動作そのものでも、彼女が振り返った後に見たものでもないんです。表現したかったのは、彼女が振り返るまでの緊張した空気や感覚です。こういう隔たりのことを、日本語で『間(ま)』と言います。(原註:能や落語という、日本の伝統芸術に見られる概念)この『間』は、僕の作品において最も重要な要素なんです。だから、もしその『間』さえ表現できるなら、別にアニメーションでなくても構わない。でも、やっぱりアニメーションは、画面に何でも描くことができるので、実写より良いんです。(実写では、カメラを回せば全てが画面に映る。)言い換えれば、逆に描きたくないものは描かなくてもよい! だから僕は、ラフスケッチのような絵をアニメーション化することから始めたのです。」
東京は寒い。雪も降っているが、これは普通なのだろうか?
和田淳は、人間のことが好きなのだろうか?
スーツ姿の男たちが、若い男に石を投げつけている。彼の顔はあざだらけだが、文句を言わない。やがて男たちは飽きてくる。すると、そのうちの一人が石を拾い、彼自身の顔に投げつけた。他の男たちもそれに続く。やがて、はじめに石を投げられていた若者が石を拾い、同じことをする。14
なぜ男は象を叩き、それを「ビッチ」15 (「ペチペチ」という擬音語)と呼び、その巨大な動物をどこか別の場所に運ぶよう鳥たちに命じるのか。男がある象を拒絶すると、その象は男を飲み込んでしまう。しばらくすると、また別の男が現れて、最初の男と同じことを繰り返す。16
それから、鼻に従って動く男たちがいる(ヤツらは全員男だよな? もしかしたらこの世界では女性の方がえらいのかもしれない)。男たちは、音楽なしの椅子取りゲームのような遊びをしている。列の一番端にいる男の鼻を、立っている男がつまむ。鼻をつまれた男は立ち上がり、壁の方へ歩いてゆく。そしてその壁を嗅ぎ、夢のような登場人物と可能性に満ちた幻想の世界に一瞬入り込む。やがてそれは終わり、男は列に戻る。ゲームは続く。17
かなり笑えるかもしれない。もしかして、和田淳は人間が好きなんじゃないか。おそらく彼は、すべてを冷笑してすませてしまうような、知的なビーバス&バットヘッドのようなタイプなのだろう。エレイン・ベネス(『となりのサインフェルド』のネタだよ、若造には分からないかもな)のようなダンスをちょっと踊って、大きな象と一緒に小さな鳥を何羽か飛ばしちゃう男なんて、そりゃ笑うしかない。痛みを背負った存在の奥に潜む可笑しさを見つめているように思える。
「僕は、自分自身の行動の意味を考えず、ただ機械的に愚かな行為を繰り返し、それが仕事だと信じ込んでいる人たちの滑稽さに笑ってしまいます。しかし同時に、そうした人間の在り方に同情し、哀しみを覚えるんです。時には愛おしささえ感じます。『そういう眼鏡』18 もその意味では他の映画と同じで、そのような人々の行動に対する可笑しさとと哀しみが込められているのです。」
彼の作品は、イゴール・コヴァリョフ19 の不自然なリズムに合わせ、バスター・キートン20 が群れになって踊るかのようだ。
無表情の愚か者たちは、何もわからず楽しむこともできないままに、ただ自分たちの置かれた人生に巻き込まれてゆく。
「登場人物たちは、不条理な状況に直面すると、その状況がたとえ奇妙であっても起こりうることだと理解し、自らの運命を受け入れてしまいます。僕は、彼らのその態度が問題を解決するとは思わないし、そうした受け入れ方には非常に危険な面もあることも分かっています。しかしそれでも、僕はそのような姿勢が好きなのです。」
とても不条理に見える世界なのに、なぜ私の周りの世界に似ているのだろう。
7 初めての日本で、「おはよう」を「オハイオ」と勘違いしている。
8 Robert Pollard (ロバート・ポラード、 1957- )アメリカ合衆国オハイオ州デイトン出身のシンガーソングライター。5人組のインディ・ロックバンド「Guided by Voices(ガイデッド・バイ・ヴォイセズ)」のフロントマンである。クリス・ロビンソンはこのバンドの大ファンで、頻繁に引用される。
9 『鼻の日』など初期作品の男性キャラクターを想定している。
10 Preston Erwin Blair(プレストン・ブレア、 1908-94)はアメリカ合衆国出身のアニメーター。キャラクターの描き方についての教本を出している。
11 このような登場人物は、『鼻の日』などの初期の作品でよく出てくる。
12 プラトン『国家』の「洞窟の比喩」より。洞窟の中の影を現実と信じて疑わない人間の無知を示す寓話。
13 アメデオ・モディリアーニはイタリア生まれのパリ派の画家。彼の描く女性像の特徴として、細長い首や顔、アーモンド型で瞳のない目などが挙げられる。
14 『やさしい笛、鳥、石 』(2005)のワンシーン。
15 『係』(2004)において、象を叩く際に男が放つ言葉「ペチペチ」「トツトツ」のこと。「ペチペチ」という擬音語を、「ビッチ」と聞き間違えている。
16 『係』(2004)
17 『鼻の日』(2005)
18『そういう眼鏡』(2007)
19 Igor Kovalyov (イゴール・コバリョフ、 1954- )はウクライナ出身のアニメーション作家。代表作に『ミルク』。プリート・パルンと並んで、2000年代にデビューをした日本人作家たちに絶大なる影響力がある。
20 Buster Keaton (バスター・キートン、 1895-1966)はアメリカ合衆国の喜劇俳優であり映画監督。
🔗クリス・ロビンソン『Japanese Animation: Time Out of Mind』翻訳(3):東京・現在 ↗