第二期公募枠アーティスト・工藤雅インタビュー
門脇健路

まずはイメージフォーラムとはどのような団体で、その中で門脇さんは普段どんなお仕事をされているのかを教えてください。
⾨脇健路(以下、門脇) イメージフォーラムは、映画館・映画祭の運営、映像作家の教育など様々な活動をしています。私は主に映画祭「イメージフォーラム・フェスティバル」と、教育を担う「イメージフォーラム映像研究所」(以下、映像研究所)の企画・運営業務を中心に行っています。
イメージフォーラムについてさらに詳しく説明すると、1971年に前身となるアンダーグラウンド・センターが発足しました。アメリカのフィルムメーカーズ・コーポラティブのような活動を参考に、個人映画作家・実験映画作家の活動を支援するために作品を収集して貸し出したり、上映会を企画していました。そして1977年にイメージフォーラムと改称します。
実験映画の制作者や観客を増やすためのさまざまな試みをしていくなかで、出版社を立ち上げて映画雑誌を作ったり、映画祭やミニシアターを運営するなど、活動の幅を徐々に広げていきました。
イメージフォーラムとアニメーションの間には、これまでどのような関わりがあったのでしょうか。
門脇 実験映画のジャンルを構成する一形式、もしくは表現手法としてアニメーションを扱ってきたと思います。 いわゆる「アートアニメーション」や「実験アニメーション」と呼ばれる領域ですね。ただ、実写とアニメーションの間に明確な線引きはできない気がしています。例えば伊藤高志や佐藤義尚のように、スチル写真を素材にアニメーションを制作する実験映像作家もいますから。
また、実験映画とアニメーションは初期から人的な交流も盛んで、例えばアニメーション作家の相原信洋は、イメージフォーラムの創設者のひとりであり、映像作家のかわなかのぶひろが雑誌「映画評論」にいた時代に呼びかけに応じて作品を見せに来ています。また、イメージフォーラムは創設期から古川タクや田名網敬一といった実験的なアニメーション作家の作品を上映していました。彼らに影響を受けたIKIFなど後続世代とも関係を築いてきましたし、独自に映画祭を立ち上げてからは、映画祭での上映を通じてアニメーション作家との関係もより強固なものになっていきました。
イメージフォーラムは、海外のインディペンデントアニメーションを国内で紹介するうえでも重要な役割を担ってきました。
門脇 当初はフィルムをストックして貸し出す活動が中心でしたが、1980年代以降は体制が整ってきたことで、海外作品の上映や配給にも積極的に取り組むようになりました。
そうした流れの一環としてヤン・シュヴァンクマイエル(Jan Švankmajer)やブラザーズ・クエイ(Brothes Quay)、スーザン・ピット、2000年代に入ってからはドン・ハーツフェルトなど、様々な作家の作品を上映してきました。映画として実験性に富む作品であればジャンルを問わず紹介したいという想いを持っておりますので、ラインアップには必然的にアニメーションも含まれてくるという感じですね。
また映像研究所は、今や日本を代表するアニメーション作家と形容しても過言ではない作り手を多数輩出しています。
門脇 そうですね。代表的な作家だと黒坂圭太、大山慶、和田淳、折笠良などがあげられるかと思います。今回、新作のプロデュースで関わっている工藤雅さんも映像研究所を卒業しています。
映像研究所の成り立ちについて、あらためてご説明いただけますか。
門脇 映像研究所は次世代の映像作家を育成するために1977年にスタートしました。当初からイメージフォーラムと関係の深かった寺山修司のアイデアも反映されています。実験映画や個人映画のスタイルをベースに、主に固定観念に囚われない自由な映像表現を追求するための発想を磨く教育が行われています。映像研究所の設立から1990年代くらいまでは、大学などでの映像教育が今ほど盛んではなかったこともあり、たくさんの受講生が集まりました。卒業生には映画監督として現在もご活躍されている方も多いです。
先ほども申し上げたとおり、イメージフォーラムのスタンスとしては、アニメーションと実験映画を明確に区別してはおらず、アニメーションは個人で映像を作る方法のひとつという位置づけとなっています。映像研究所を立ち上げた当時の専任講師の顔ぶれも金井勝、かわなかのぶひろ、鈴木志郎康らというメンバーで、アニメーションを専門にしているわけではありませんでした。当初は、実験映像もドキュメンタリーもアニメーションも、映像表現としては同じであるという考えのもとで指導が行われていたんです。アニメーション専門のコースを新たに開設したのは2000年代も半ばに差し掛かった2004年のことです。現在は「映像アートコース」と「アニメーションコース」の2本柱で運営しています。
当初はアニメーションと実験映画を区別しない教育方針だったにも関わらず、一転してアニメーションに特化したコースを開設した背景には何があったのでしょうか。
門脇 2000年代に入ると、民生用PCで本格的な映像編集ができるようになるとともに、複数の美術大学でアニメーション教育が本格化しました。そうした時代の変化の中で、独力でアニメーション制作を志す若者が増加したように思います。アニメーションを個人で制作する若者が増えたことで、アニメーションの基礎的な技術をしっかり学べるコースの需要が高まっていましたし、商業的ではない実験的な作風のインディペンデントアニメーションも増えてきていました。そうした状況をイメージフォーラムとしても見過ごせないと考え、アニメーション専門のコースを新設するに至ったんです。
ですが、諸般の事情から2000年代末に「アニメーションコース」としての募集はいったん停止しています。再開するのは2017年になってからです。なぜ再開に至ったかと言いますと、2010年代以降はメディア・アートやドキュメンタリーなど、表現や発表形態が多様化してきて、シングルチャンネルの実験映画にかつてのような勢いがなくなってきたように感じていました。そうした状況に対するカンフル剤と言いますか、ふたつのコースが存在することで良い相乗効果が期待できるのではないかと考え、「アニメーションコース」を再開する決断をしました。
実写の実験映画にそうした傾向が見られるようになった要因は何だったのでしょうか。
門脇 デジタルビデオカメラやスマホでの撮影が一般的になって、撮影結果をその場ですぐにプレビューできるようになりました。フィルムの時代は撮影してから現像までに時間がかかっていたことを思うと今は便利になりましたが、その時間は自身の作品を客観的に考え直す時間でもあったわけです。また、撮影すればいきなり作品になるわけではないということが、いろいろな映像が溢れている状況も相まって、理解しにくくなっているのかもしれません。
一方でアニメーションは、1コマ1コマ描いたり撮影しないといけないので、自分の考えや作業を見つめ直すポイントが多い。だからこそ、映像表現の本質に迫ることにもなるんじゃないかなと。実際、アニメーションの分野では実験映画や個人映画の文脈から見ても優れた作家が2000年代以降もコンスタントに現れている印象です。
やはり映像研究所としては、映像をコマ単位で考え抜くことを大切にしたいと考えていて、受講者にもそういう意識を養ってほしいと願っています。
映像の本質とは何かを探求する場でもあるというわけですね。
門脇 そうですね。現在は映像とひとくちに言っても、その形式は多岐にわたります。映像研究所が始まった1977年の時点では、人々が普通に生活していて目にする映像は映画とテレビぐらいでした。ですが今は動画共有サービスもあるし、美術の領域でも映像作品が増えましたよね? 映像がより身近なものになったからこそ、映像──もっというと映画の本質にまで立ち返って考えてみる意味があるんじゃないかと思っています。
ちなみに「アニメーションコース」では、具体的にどのようなカリキュラムを組まれているのでしょうか。
門脇 専任講師の大山慶さんと水江未来さんにアニメーションの基礎的な技術的を指導していただき、さらにおふたりには卒業制作まで伴走していただきます。
映像研究所では、受講者それぞれが映像作家としての個性を発見できるよう後押ししたいと考えています。なので専門学校のようにプロの現場で仕事をしていくための技術を習得するというよりは、講師たちとの対話を通じて「発想」の部分を磨くことに力点を置いています。講師陣の顔ぶれは、専任講師のおふたりに加え、先程名前をあげた卒業生や、岩崎宏俊さん、キム・ハケンさん、清家美佳さんなどにゲスト講師として授業をお願いしています。
非常に豪華な講師陣ですね。さて、イメージフォーラムはこれまで様々な活動を展開されてきましたが、このたび短編アニメーションのプロデュースに関わる背景をお聞かせください。
門脇 今は作家ひとりでもできることが広がっている一方で、選択肢が増えて迷うこともあるはずです。そうしたときに個人で制作されている作家は相談できる相手が限られてくるので、客観的な視点を持ちつつ寄り添える存在が必要だと思ったんです。それから、我々には映画館や映画祭を運営する中で、いわば作品の「出口」にあたる部分に関する蓄積がある。なので作って終わりではなく、「出口」を見据えて「入口」の部分から伴走することで、多角的な視点から企画の魅力を高めていくことができるんじゃないかと考えています。